ルシファーについて

サタンのページに続いて、『「堕天使」がわかる』坂東真紅郎[著]より。
サタンのページの、最後に”高名な神学者が「イザヤ書」の中に堕天使ルキフェルの(存在を解釈)し、ルキフェルサタンと同一視される最有力の堕天使となります。” と書きました。
実は、旧約にも新約にも聖書正典の中にルキフェル(ルシファー)という名の堕天使は登場しないそうです。
厳密に言うと、ルキフェル(Lucifer)という単語は旧約聖書の『イザヤ書』の文中に出てくる。日本語では”明けの明星”と訳されている。
『天使悪魔辞典』という単行本によると、『イザヤ書』には「黎明の子、明けの明星(ルキフェル)よ。あなたは天から 落ちてしまった。もろもろの国を倒した者よ、あなたはさきに心のうちに言った。『わたしは天にのぼり、わたしの玉座を高く神の星の上におき、 北の果てなる集会の山に座し、雲のいただきにのぼり、いと高き者のようになろう。しかし、あなたは陰府に落とされ、 穴の奥底に入れられる』」。という記述があるそうで、たしかに、「あなたは天から落ちてしまった」なんて書いてるあたり、ルキフェルの堕天を表している感じなのですが、 この文章は、イスラエルのユダ王国に攻め入り、ヨヤキン王をはじめ3000人の有力者を捕虜としてバビロンへ連行(バビロン捕囚)したバビロニア王 ネブカドネザル二世の隠喩。
 ヘブライ語で記述された聖書原文では「明けの明星、暁の子」を意味する「helel ben shahar」と記述され、七十人訳聖書と呼ばれる最初のギリシア語訳聖書も別の語をあてている。 エウセビウス・ソフォロニウス・ヒエロニムスにより五世紀初頭にラテン語に翻訳されたウルガタ聖書において初めて 「明けの明星」の部分を「Lucifer」という語があてられたそうで。
 いずれにしても、ルキフェルという語が用いられたのはキリスト教がラテン語を公用語とするローマ帝国に広まったあとのこと。

 こうした表現は旧約聖書の『エゼキエル書』第28章のツロの王への挽歌にもあって、
「わたしはお前を神々の山から追放し、守る者ケルブによって、火の石のただ中でお前を滅ぼした。お前の心は己の美しさに高ぶり、 栄華にたよって知恵を破滅させた。わたしはお前を地上に投げ落とし、王たちの前でお前を見世物とした」
 ケルブとは、六世紀頃に偽ディオニシウスと呼ばれる神学者が提唱した天上位階論で言うところの第二階級に位置する智天使のことであり、 『創世記』のアダムとイヴが追放された後、エデンを護っていた天使。
 同じことを考えていた人間は、初期キリスト教の時代にすでにおり、三世紀の神学者オリゲネス・アダマンティウスは、著書『諸原理について』でこう記す。
「明らかに、この箇所のことばによって、かつてはルキフェルと呼ばれ毎朝昇ることを常としていた者が天国から転落したことが示されている」
 オリゲネスは、この謎めいた存在が暁の光に結び付けられていることに注目、これが邪悪な存在なら、なぜ朝に昇天できたのか。 新約聖書『ヨハネの福音書』に、悪魔は創造の初めから悪だったとされています。
 しかし、悪魔もまた(理屈では)神の創造物である以上、その悪魔の邪悪な行いは神が望むところであるはず。なら、悪魔の誘惑に屈して罪を犯す人間を神の名のもと罰せられるのは、矛盾している。
 この問題に答えたのは宗教理論家、アウグスティヌス。著書『神の国』の第11巻で、知恵と幸福の内に生きるべく創造された天使たちの一部が、神の光に 背を向けて堕落し、悪魔となったと記述したそうです。彼は『ヨハネの福音書』の言う悪魔の罪を認めた上で、悪魔は、罪を犯すきっかけとなった傲慢を抱いた時に罪を負ったのであり、 創造の時にはまだ罪を内包していなかったと説明。また、「イザヤ書」の一節が悪魔をバビロニア王に例えたものと断言しました。
 実は、アウグスティヌスの意図は政治的なもので、ユダヤ教やキリスト教など既存の宗教の教義をいいとこ取りして信徒を増やし、教会を脅かしていたマニ教に対抗して、神の善性を穢さない形で、悪魔を神の創造物とはっきり 定義づけることで、唯一神の威光を取り戻したのです。彼の目的のため”ルキフェル”は堕ちた天使の名として定着します。

 ルキフェルと『ヨハネの黙示録』のサタンとの結びつきがすっかり定説となったのは中世の頃。文学においては、 十四世紀にダンテの『神曲』、十六世紀にはミルトンの『失楽園』が書かれています。